自分で決めたい という欲
久しぶりに更新するうえ、読書記録ではない。今日ちょっとイライラして人に突っかかってしまった。最近些細なことで怒りやすくなった。自分に余裕がないのが原因だと思うが、じゃあ余裕を取り戻すにはどうしたらいいのか、はわからない。
それで、なぜイライラしたかを考えてみたら、多分、自分で考えたい事柄や決めたい事柄を阻害されたからじゃないかと思い至った。いや、世の中全てが自分の思い通りになるわけではないことは理解しているし、むしろ職業柄、他の人の考えや価値観を優先する機会が多いのだが(雇われの身なんてほとんどそうだろう)、「自分で決めたい」と思った事柄については、他人にあれこれ言われたり、却下されたりするのがとても嫌なのだと気付いた。
思い起こせば、子どもの頃からこういう性格だったかもしれない。父親におもちゃを買ってもらうとき、私は子どもには珍しく?悪役が好きだった。正義の味方のおもちゃはデザインや色が似たり寄ったりでつまらないが、悪役は実に多彩なバリエーションがあって面白かった。
私が悪役のおもちゃがほしいと言うと、父は「本当にこれでいいのか?なんで?こっち(正義の味方)にしときなさい」と言って、結局欲しいものは買ってもらえなかったものだ。幼い子どもに大人が納得する理由なんてきちんと話せるわけはなく、流された思い出がある。本当は「何となく欲しい」と言えれば良かったのかもしれないが、多分父はそれでは納得しないだろうと思い、何も言えなかった。当時の私は自分の考えを伝えられない自分が悔しかったのだと思う。また、子どもの気持ちを簡単に無視する父に怒りも感じていた。
その後、高校受験や大学受験でも同じようなことが起きた。私が受けたいと言った志望校を、父は知名度や偏差値的な面で却下した。「こんな学校に行かせるために金を出すわけじゃない」とよく言われたものだ。この頃にはそれなりに私も成長していたので、食い下がってみたりもしたが、金を出してもらえなければ進学できないのは事実だし、結局大人のよくわからない世の中論に煙に巻かれてたように思う。
他にも色々と自分なりに決めたいことを決めさせてもらえずにフラストレーションが溜まった出来事はあったのだが、一番大きいのは一人暮らしを始めるときだったと思う。諸々あって、実家にいては自由がない、自分で自分のことを決められないと感じていた。既に就職していたし、何か問題が起きたときも自分で責任を取れるから、いい加減に干渉しないでほしいと感じた。が、父は一人暮らしに大反対だった。2日間くらい話したが、父の言い分と私の言い分はお互いに相容れなかった。これ以上話し合っても無駄だと考えた私は「この家にいると息が詰まる!」と言い切って不動産屋の手続きを始めた。そのときの父は驚いたような、悲しいような何とも言えない表情をしていたのが印象に残っている。
ちょっと強引だったし、もう少し言葉を選んだ方が良かったかもしれないが、初めて本音を言えた瞬間だったかもしれない。おかげで実現した一人暮らしは最高に快適だった。自分のペースで生活していい、自分で欲しいものを自分の責任で買える。よく独身を好む人は、「他人に気を遣わなくていい」という理由であると聞くが、私の場合も似ていて「自分が、自分の思ったとおりに行動できる解放感」を感じた。
自己決定の欲は人間誰もが持つものだと思うが、子ども時代に却下され続けたせいで私はやや過敏になっているのかもしれない。思い返すと、自分の子どもにも父と同じことをしていたかもしれないことに気づいた。気をつけなければ。
読書記録:虚談(京極夏彦)
『虚談』(京極夏彦、角川文庫)を読みました。
「談」シリーズはこちらが最新作になるようです。この短編集は収録先品のタイトルがすべてカタカナになっているのが特徴的ですね。何か意味があるのだろうか・・・。
全体的に不思議で、ちょっと怖い作品が収録されていて、まさに現代怪談というイメージを持ちました。
印象的だったのは「ハウス」です。途中までは伝聞の怪談として話が進むのですが、ある段階からガラリと雰囲気が変わります。読んでいるときに「あれ、もしかして・・・」と真相には気づいてしまうのですが、それでも読後に怖さが残るという、巧みな構成のストーリーだと思いました。
読書記録:眩談(京極夏彦)
『眩談』(京極夏彦、角川文庫)を読みました。
記憶が色あせないうちに書こうと思います・・・。
「談」シリーズの中では不思議系なお話が多め?な短編集な気がしました。不気味ではあるけどほのぼのした雰囲気もあり、読みやすかったです。
個人的に面白かったのは「シリミズさん」。実家に祀られている神様?に疑念を抱く主人公の身に次々と不思議なことが起こる・・・という感じのストーリーなのですが、結局「シリミズさん」とはなんなのかわからず。きっと読者の推測に委ねるという意図なのでしょう。主人公が淡々としているのも面白かったです。
読書記録:鬼談(京極夏彦)
数か月前になりますが、『鬼談』(京極夏彦、角川文庫)を読みました。ここまでの「談」シリーズとは違い、ホラー要素は少なく、文学的?というか芸術的?な作品が多い短編集だと感じました。
ネットでの著者インタビュー記事で見かけたのですが、「鬼」とは本来、存在しないことを表す言葉なのだそうです。たしかにそう考えると収録されている作品では、明確な鬼は出てこないし、作中の不思議な出来事に理由や説明もない点にも納得しました。
京極作品では、これまでも「鬼」について登場人物による解説や、主人公を「鬼」とされた人物にしたりと、度々鬼をテーマにしていますが、それほど概念としての鬼というのは幅が広く、表現しがいのあるものなのだろうなと思いました。
読書記録:冥談(京極夏彦)
『冥談』(京極夏彦、角川文庫)を読みました。
タイトル通り、怖い系のお話がいくつか収録されている短編集です。タイトルに「冥」と付くとおり、幽霊でもない、妖怪でもない、この世のものではない「何か」による怖さがテーマなのかなと感じました。
前回の『幽談』のように、前半は普通の小説っぽい雰囲気なんですが、「ここからどうなるのかなー」と思っているといきなりホラーに転換するお話もありました。おそらくですが、作者は「何気ない日常でもこういうちょっとしたことが起きたら怖いよね」ということを表現されようとしているのではないかと思います。
例えば自宅の中で、部屋の前を通り過ぎたとき、そこにいるはずのないものが視野の端に映り、その瞬間は気づかなくても少し経ってから時間差で「あれ、いま何かいた・・・?」と気づくような。実際にそんなことは起こらないと思いますが、想像するとちょっと怖いですよね。
本作の中で個人的に怖いと思ったのは「予感」でした。具体的に何か怖いものが出てくるお話ではなく、何か恐ろしいことが起こりそうな予感がする・・・と主人公が最終的に言って終わるだけなのですが、そこにいたるまでの主人公の描写などから、実は予感ではなく既に現実に主人公の身に起きているのではないか・・・と読者に想像させるようなお話でした。怖さは直接的に書かなくても伝えられるというのが新しい発見でした。
読書記録:幽談(京極夏彦)
『幽談』(京極夏彦、角川文庫)を読みました。
前回の『旧談』に続く「談」シリーズなのですが、全く方向性が違い、現代を舞台にした短編集という感じです。
内容としては、出版社の紹介文にある「妖しく美しい」雰囲気もありつつ、メインは怖い話でした。
特徴的なのは、怖いのが来るぞーという前フリがなくナチュラルに怖いものが出てくる点でしょうか。日常的な描写の中に突然怖さが入り込んできます。映像作品ではジャパニーズホラーという言葉がありますが、あれの小説版と言えばいいのかもしれません。
一番怖かったのは「下の人」ですね。設定自体は定番なものなのですが、人っぽくて人ならざるものが出てきますし、その表情の描写とか想像するとやはり怖い。
物語と同じことが自分の身に起きたら絶対怖いのですが、なぜか各話の主人公たちは淡々としていて、読んでいてなんだか自分の感覚が正しいのか、間違っているのかわからない不思議な感覚になりました。
京極夏彦さんは人間の負の面を描くのがうまい方だと思っているのですが、こういった明確なホラー系もしっかり書かれるんだなあと感じました。
読書記録:旧談(京極夏彦)
『旧談』(京極夏彦、角川文庫)を読みました。
本書は江戸時代の旗本、根岸鎮衛の随筆『耳嚢』から、いくつか話を著者が選び、それを現代風の小説にアレンジしたものです。
各話の最後には『耳嚢』の原文も掲載されており、小説との対比をしながら読むことができます。
著者は『耳嚢』から、よく考えるとちょっと不思議・怖い話をピックアップしているそうです。個人的には、「プライド」(義は命より重き事)が衝撃的でした。武士って大変だなあ…と。
一話一話がとても短い(大体2-3ページ)ので、サクサク読めました。でも原文を読むと、江戸時代の文章はやはり現代人の私たちにはわかりにくいですね…。
私も学生時代に江戸時代の歴史を専攻していたのでなんとなく覚えているのですが、この時代の文章は口語風なので一文がとても長いし、主語がコロコロ切り替わるしで、読解に苦労したものです(それでも中世以前より文章は平易なので楽な方とよく言われました)。これをアレンジするのは大変だったろうなと思います。